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菅井秀樹

オフィシャルブログ   

 

執筆者の写真菅井秀樹

吉江忠男先生のリサイタル

5月18日(水)

東京ハクジュホールにて

吉江忠男(バリトン)

平井千絵(フォルテピアノ)






本番に先立ってのプチトークだが、トークというよりは久保田慶一さんによる楽曲解説だった。


せっかく演奏にのめり込んで欲しいとパンフレットから楽曲解説を抜いたのだから、1曲1曲を細かく解説するよりももっとざっくりなあらすじの話だけでよかったんじゃないだろうか?


てっきり先生と平井さんと久保田さんの苦労話や演奏家ならではの本音トークが聴けると勝手に期待してしまっていたので、ちょっぴり残念だった。


なかなか日本でフォルテピアノの伴奏でドイツ・リートを聴ける機会はないと思う。


どこのホールにも必ずといって置いてあるスタインウェイで伴奏してしまうとやかましく感じることもあるので、今までずっとリートの伴奏はベーゼンドルファーの方がいいと思い込んでいた。


けれど、今回フォルテピアノの伴奏で聴いてみて、平井さんのさりげなく寄り添い、優しく見守るような演奏スタイルとこの楽器の音色が先生の歌声にスポットライトを当てたように際立たせていて、1曲目から素晴らしい世界観だった。


先生は御歳81歳だそうだが、全く衰えを知らないどころか益々お元気な歌声である。


エルンスト・ヘフリガーが75歳で録音したディスクを聴くと年齢からしたら凄いなとは思うのだが、ちょっとアップアップで苦しさを感じるのし、あの万年青年のような歌声のフィッシャー=ディースカウですら、60歳の録音では表現力こそ増しているものの、発声では明らかに若い頃より衰えを感じてしまう。


ところが吉江先生はいつまでも若々しいままだし、歳を重ねる毎に帰国間もないころの深沢亮子さんとの録音と今回の演奏を比べても発声が更に安定していて、より自由に歌えておられるように感じるし、表現力もとても深いものになっている。


そんな先生が歌う水車職人の恋の歌はまるで

20代前半のようだった。


特に第5曲、第10曲、第15曲と5飛びのナンバーでそれが感じられた。


第6曲の「 知りたがる男」(Der Neugierige)こそ、跳躍音程で苦労されてるように感じたが、実はこの曲は私も大学時代に試験で歌ったことがあるのだけれど、低い音から高い音へ跳ぶ時に声がひっくり返ってしまって、冷や汗をかいた経験がある。


先生の演奏を聴いて、再度、超絶技巧が必要になる難曲だなと感じた。

天才シューベルトの出した課題に果敢にも挑戦された先生に敬意を表したい。


そして吉江先生の名人芸が炸裂したのが

第14曲 「狩人」(Der Jäger)だ!

この曲は本当に凄かった。


言葉の早回しがこれまためちゃくちゃなくらいに忙しくて大変な曲なのだが、攻めて攻めて攻めまくり、前進するエネルギーが全く失われなかった。


いつも先生が生徒たちに仰っている細かいリズムの音符ほど、横隔膜を細かく使えというのを正しく実践してみせていた。

先生が長年研究し、体得した発声法なくしてはとても実現出来なかったであろう見事なまでの名人芸だと思った。


表現の面では職人が狩人に向ける嫉妬がまるで生き霊にでもなったかのようなおどろおどろしさまで感じられ、このあとの物語の展開を予感させるのにとても相応しいものであった。


いつものことだが先生は後半になればなるほど、元気になり、音楽がアップする。


体力あるハズの若手演奏家でもなかなかこうはならなくて、パワーダウンしていってしまうものだが、先生は歌えば歌うほど、エネルギーが湧いてきて、若返り、止まらなくなってしまうほどである。


この日もこの攻めの第14曲を境に次元が変わって、ここからは先生の真骨頂だった。


そして終曲の第20曲 「小川の子守歌 」(Des Baches Wiegenlied)では平井さんの奏でる優しくそっと寄り添い見守るような小川のせせらぎと共に穏やかにしっとりと見事にまとめておられた。


これまでの先生の演奏からするとおそらくご本人も一番好きで自信持っておられるのは同じシューベルトでも「冬の旅」なんだろうと思う。


今回の「美しき水車小屋の娘」の出来栄えの素晴らしさからすると残り2つの連作歌曲集はきっと忘れられないくらいの名演奏になるだろう。


三大歌曲集のもう1つ

「白鳥の歌」は私がディスクで聴いた何十人もの歌手たちの中でも先生の帰国直後の演奏ディスクがベストと思う。


特に「影法師」(Der Doppelgänger)は音符と休符が交互に出てくる独特の間が先生にかかるとまるで「能」の舞台のよう。


派手で万人受けするイタリア・オペラとは違い、ドイツ・リートはどちらかというと地味で控えめ。


しかしながら、ドイツ・リートには例えるなら京都・龍安寺の枯山水庭園を思わせるような限られた空間の中でも一切の無駄がない、透明なまでの奥行きある独特の宇宙観に満ちている。


吉江忠男先生の演奏には日本人であるからこそ、たどり着き、表現出来る「わび・さび」がそこにある。

(余談だが、今これを京都のホテルで書いている。)


深い音楽性とドイツで学んでこられた経験、そして日々、絶え間ないより良い発声法への研究


続く2つの連作歌曲集でも発揮されると思うと今からワクワクドキドキが止まらない。


また8月3日の長野市芸術館で行われる予定の最近話題の阪田知樹さんとのリサイタルから始まる三大歌曲集の連続演奏会だが、こちらは若手ナンバーワンピアニストとのコラボだから、これまた楽しみである。


(声楽家・指揮者 菅井秀樹)

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